東一口と淀美豆

東一口とかいてひがしいもあらいと読むという,知らなければ絶対読めない町が近くにあると聞いたので行ってみました.
家から自転車で淀を経由して向かいました.途中,淀美豆の木田醤油と涼森神社にも寄りました.
天気は予報では文句なしの晴れでしたが,少し薄い雲がありました.

淀美豆

昔風の町並みはこの辺だけ
中にでかい絵画があった
逆光

1枚目の左及び2枚目が木田醤油.
1855(安政2)年創業で,かつては淀川の水運の中継地にあり,舟からの荷卸しをしていたという遺構も残っているそうです.

1枚目の右及び3枚目は浜納屋.
かつて木津川が船運でにぎわっていたころ,穀物を貯蔵する俵物納屋として使われていました.

いい感じに緑
ひっそりというかうっそうというか

涼森神社.創建は仁徳天皇の頃との伝.

樹木が繁茂し大変涼しかったことが名前の由来だとか.
確かにこの日は日差しが強かったですが,境内は日陰でありがたかったです.


東一口

こういう家に住むのもよい
いまいちピンボケ

東一口の町並み.
昔ながらの木壁の家が多くみられました.

かつてこの地には巨椋池という約800haの巨大な池があり,東一口はその漁村として栄えました.巨椋池は昭和8年に始まり昭和16年に完成した干拓工事により,今では池の面影はほとんど見られません.
一口という名前の由来は,漁村が巨椋池に三方を囲まれ,入口がひとつしかなかったこととか.なお近くに西一口という地名もあります.

細い路地も多かった
若干トロピカル

安養寺.

平安時代頃,漁村の両氏が淀川に網を投げ入れると,水中からまぶしく輝く観音像が現れたという逸話があり,その観音像が祀られているといわれています.

閉ざされている

当時の様子を伝える山田家長屋門.

家を密着させるのに意味がある?まあうちもこんな感じだけど
石がごろごろ
ほぼプライベートエリア

前川沿いの道路に隣接する東一口の住居.

かつてはこの道路のあたりまで池が広がり,この辺は船着き場であったたことをうかがわせます.

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