近江八幡~安土

平日でしたが会社の休日であり,天気も良かったので手頃な撮影場所がないかと考えたところ,近江八幡に近江商人の町並みがあると聞いたことがあったので,うちから電車で1本で行くことも可能なことから,この機会に行ってきました.また八幡山に登り,そこからの展望も楽しみました.
駅からレンタサイクルを借りて移動しました.また安土は隣駅であり自転車で移動できる距離なので,安土城跡にも行きました.


新町通り・八幡掘

電信柱もノスタルジーをかもし出す
郷土の食材「丁字麩」 麩の吉井

近江八幡市は豊臣秀次が八幡山に城を築いたことにより始まり,秀次の楽市楽座等による商工業の発展政策はその後の近江商人の活躍の原動力となったそうです.

こちらは新町通りの町並み.
国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受け,伝統的な町並みを保っています.
(参考)

近く行ったら「撮影禁止!」って言われた

八幡掘.
観光船が通るところでした.

時代劇のロケもよく行われているとのことですが,実際立ち寄ったときにも行われていました.
写真の奥の方に,川の中に役者と,橋の上に多くのギャラリーが小さく写っています.

町並みと構図がかぶってしもた

日牟禮八幡宮の参道からの光景.

建造物に加え堀や石畳もあいまって,どこか懐かしいような郷愁を抱かせてくれます(実際こういった場所に住んだことはないですが).


日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)

鳥居が朱色じゃないな

(駅から見て)八幡掘の向こう,八幡山のふもとに日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)があります.
こちらは鳥居.

創建は131年まで遡るとか.すさまじいですね.

れっつ七五三

こちらは楼門.

そういえば今の時期は七五三ですね.

お2人とも仲のよいことで

こちらは拝殿.

アンパンマンとバイキンマンが祀られていました(笑

七五三客多し

こちらは本殿.

拝殿の裏にあるのですが,拝殿が大きいのとアンパンマンに気を取られてあやうく見逃すところでした.


八幡山

ホントは一瞬迷った

景色が良かろうと思い,八幡山へ登ることにしました.
登るには登山道ロープウェイがありますが,迷わずロープウェイです.

八幡山の標高は271.9m,ロープウェイは約600mとのこと.

ここはあまり人が来なそうな感じだった

明智光秀や柴田勝家を討ち,小牧・長久手の戦いに戦略的に勝利した豊臣秀吉は,1585年に関白の宣下を受けました.これに伴い近江八幡の43万石を与えられた秀吉の甥である豊臣秀次は,八幡山に築城を行いました.本丸,二の丸,西の丸,出丸を擁する山城で,対徳川の重要拠点として機能したようです.
城下町は,安土城の城下町の町民を移し,近隣からの移住を促して形成しました.八幡楽市楽座令を発令し,これが近江商人の発展の基礎を築きました.

豊臣秀次はわずか5年で移封となり,その後には京極高次が入りました.1595年には秀次事件により秀次は切腹,それと同時期に京極高次は大津城へ移り,八幡山城はわずか10年で廃城となりました.

写真は出丸跡.
八幡山には○○跡という場所がいくつかありますが,草が生い茂り,時々大きな石が見られるくらいで,重要な軍事拠点だった面影はありません.

さっきの町並みにも紅葉があったな
紅葉のときはきれいそう
山の上によく作ったもんだ

山には瑞龍寺という寺があります.
豊臣秀吉の姉・日秀が秀次の菩提を弔うために開いた寺で,嵯峨にあったが戦後に移転されたとのこと.

写真は上からお願い地蔵堂,山門,本堂.
本堂は,八幡山城の本丸跡に位置します.

もみじが多く見られました.紅葉はほんの一部だけはじまっていましたが,もう少ししたら鮮やかな紅葉が見られることでしょう.

左の方がもやってる
信長の野望でこんな光景見たよ・・・
家と田畑がきっちりわかれてる

さてお目当ての展望です.
さすが,非常に美しい光景です.

大津の方では霧が発生していました.そのせいで見通しが悪くなっています(幻想的な演出になってる?!).

整然と区画された田畑や住宅地は,シミュレーションゲームを想起させました.

ロープさえ,ロープさえなければ・・・

降りるときもロープウェイ.

ロープウェイからの眺めは,ロープさえなければヘタな展望台よりもバツグンにいいです.
ほかに人が来る前についたお陰で,人のいない写真と眺めの良い席を確保することができました.


近江八幡~安土

セイタカアワダチソウって曲者な外来種なんだよね

近江八幡と安土は1駅なので,レンタサイクルで移動しました.

写真は途中の川原.
セイタカアワダチソウが生い茂ってました.


安土城跡

だだっぴろーい駐車場あり

八幡山から自転車で約6km,安土城跡に着きました.

「ほら杖使えよ」って感じで杖がおいてある
歴女も登るのだろうか

上の写真は,受付を通ってすぐの場所.
急な石畳の階段が延々と続いていました.

安土城,恐るべし.当時の武士も(信長も?)よくこんなキツ階段をいつも上り下りしたものです.

下の写真は,上の写真で見えている高いところから振り返って撮影した写真.
移動距離が少ないにもかかわらず,よい眺めになっています.すなわち,どんだけ階段が急かということです.

さすがに厳しいのは最初の階段だけ
もうちょっとでゴールな場所

さらに階段を上り,進んでいきます.

秀吉が信長の遺品を埋葬した場所

天主跡手前にある,信長公本廟.

思ったより狭い
この場所が地下1階だったなんて

天主跡につきました.

もちろん今は何もありません.
ここは地下1階部分だったとか.

足場は見たとおりごっつごつ
樹がジャマしてて八幡山ほどは眺めはよくない

石垣を超えると,琵琶湖や城下を眺めることができました.

急な階段を登ってきた疲れで脚が若干おぼつかないのに,柵がない上足元はごつごつした石だらけで,けっこう怖かったです.

天主は高さ33mもあったそうです.眺めもよかったでしょうが,その威容たるや当時ではさぞかしすごいものだったのでしょう.

ぽつんとある三重塔
ゆっくり食事してNe!ということかもしれないけど,ここまで来るのがキツいっす

天主跡の後は,別ルートから三重塔や二王門を経由して降りました.

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